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東京地方裁判所 平成8年(ワ)25422号 判決 1997年6月27日

原告 X

右訴訟代理人弁護士 那須野徳次郎

被告 大正繊維株式会社

右代表者代表取締役 A

主文

一  被告の原告に対する東京地方裁判所昭和五九年(ワ)第一〇八四六号売買代金等請求事件の確定判決に基づく強制執行はこれを許さない。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  債務名義の存在と内容

被告から原告に対する東京地方裁判所昭和五九年(ワ)第一〇八四六号売買代金等請求事件(以下「基本事件」という。)について、昭和六〇年一〇月三一日被告勝訴の判決(以下「基本判決」という。)が言い渡され、基本判決は同年一一月一五日の経過により確定した。

基本判決の内容は、「原告は、被告に対し、金一三九万九七六二円及び内金一五万九七六二円に対する昭和六〇年八月六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。」というものである。

2  強制執行の開始

被告は、基本判決に基づいて平成八年一一月一日広島地方裁判所平成八年(ル)第一六二一号電話加入権差押命令を得て、原告に対し強制執行手続に入っている。

3  請求債権の不存在

しかし、基本判決が確定してから一〇年(平成七年一一月一五日)以上が経過しているので、原告は、被告に対し、本訴状をもって、基本判決の認める債権(基本債権)について消滅時効を援用する旨の意思表示をした。

4  債務名義の無効

また、基本事件の訴状、口頭弁論期日呼出状及び判決正本等の訴訟書類の原告に対する送達は、すべて公示送達の方法によってなされた。

しかし、基本事件当時、原告の住所は、住民票上明らかであったから、右送達及び基本判決は無効である。

5  よって、原告は、基本債権の不存在及び債務名義の無効を理由に請求の趣旨記載の判決を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1から3及び4前段は認め、4後段は否認する。

三  抗弁

1  時効の中断

被告は、平成八年一月五日基本判決に基づく仮執行を申し立て、同年三月九日原告立会いのもと仮執行をして基本判決の前提となる基本債権について時効を中断した。

2  時効中断の承認

右仮執行の際、原告は、何らの申立をしておらず、基本判決の前提である基本債権の時効中断を承知している。

3  公示送達の有効性

原告は、本件事件以前から行方をくらましていたため、被告にとっては、原告の所在がわからなかった。

四  抗弁に対する認否

すべて否認する。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録のとおりであるから、これらの各記載を引用する。

理由

一  請求原因について

請求原因1から4の事実については、4後段(送達と基本判決の無効)が争いがある他は、全て当事者間に争いがない。

二  抗弁1(時効の中断)について

被告は、基本判決確定から一〇年経過後の平成八年一月五日基本判決に基づき仮執行の申立をし、同年三月九日仮執行をしており、基本債権の時効が中断されたと主張する(なお、「仮執行」というのは、本執行としての動産執行の着手のことと思われる。―乙一)。

しかし、時効期間が経過し、時効が完成した以上、時効を中断することはできないのであって、被告の右主張は理由がない。

三  抗弁2(時効中断の承認)について

1  次に被告は、基本判決に基づく動産執行に際し、原告が右執行に何ら異議を述べなかったことをもって、基本判決の前提となる基本債権の時効中断の承認がなされたと主張する。

しかし、前述のように、時効期間経過後においては時効の中断はあり得ないので、その承認とか容認ということは考えがたい。

2  ただし、被告の主張の趣旨は、「動産についての本執行の際、原告が異議を述べずに、基本判決に基づく被告の基本債権の行使を容認したのであるから、原告は、基本債務を承認し、時効利益を放棄した。」と考える余地がある。そこで、この点を検討する。

時効利益の放棄は、時効が完成したことを知った上で、それにもかかわらずなお債務について責任を果たすという債務者の意思の表明であり、明確にされる必要がある。他方、執行の現場においては、債務者は、もともと債務があったという負い目があるので債権者に対して時効を援用しにくいこともあり、執行官という公的第三者の職務執行に異議を述べにくいという状況でもある。したがって、単に債務者が執行に黙って立ち会ったとの一事をもって時効利益を放棄したということは相当でない。本件においては、原告が、平成八年三月九日に本執行に立ち会った事実はある<乙一>が、それ以上に原告が明示的に時効利益を放棄し基本債務の残存していることを承認したという事実までは認められない。したがって、執行の立ち会いにおける原告の態度をもって、時効利益の放棄があったということはできない。

よって、被告の抗弁2は理由がない。

四  結論

以上のとおりであり、請求原因4(公示送達及び基本判決の無効)について判断するまでもなく、原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡光民雄)

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